とある作曲家の日常

作曲家・ピアニストをしている私の日々の生活を綴ります♪

ヴィヨリスト

 かつてテレビ「題名のない音楽会」でヴィオラ特集をやっていたのを見かけました(途中だったけど)。ヴィオラという楽器、ご存じでしょうか(お花の名前じゃないですよ!)?ヴァイオリンを少し大きくしたもの、持ち方はヴァイオリンと同じですが、音域が完全5度下の楽器。少しくぐもったような曇ったような渋い音色が魅力の楽器デス。私は通っていた中高にはオーケストラ部があり、中学1年で入学した時、ぜひ入りたい、しかも花形ヴァイオリンをやりたいと思って説明会に行ったのですが、時すでに遅し。ヴァイオリンは小学校から習っていた経験者が多く、先輩から「ヴィオラ、やってみない?」と誘われ、誘われるままにヴィオラパートに所属したのでした(これはあとになってみれば作曲家として活動するのにかなりいい経験になりました♪オーケストラ曲を(それこそ陰で)支えるパートを経験することによって、内側からオーケストレーションを体感することができたからです。どんな編成でも、日の当たりにくいパートはあるもので、そういったパートに如何に役立ってもらうか自然に考えるようになりました^^。でもそういうパートって、いざメロディが回ってくると(特にヴィオラはほとんどそれが無いので)おろおろしてろくに弾けない、ということは良くありましたねぇ(笑))。
 「ヴィオラ」の名が付く曲(例;「ヴィオラのための~~」とか「ヴィオラソナタ」とか)が紹介されていましたが、クラシックの長い歴史がある中でも、ひとつの表に収まるくらいしかないらしいですorz(現代曲は除かれてるでしょうが)・・。その中からいくつかスタジオで演奏されたのですが、「テレマンヴィオラ四重奏曲」は相当面白い曲でした!全然知らなかったなぁ。もし知ってたら中・高で所属してたオーケストラ部のパート練習で取り入れてたのに!しかもピアソラの曲の演奏では、かの松本望さんがピアノを弾いてらしてテンションかなり上がりました^^

 あと「ヴィオラクイズ」。あるオーケストラ曲の一部を、ヴィオラパートだけ聴いて当てるというもの(この辺にいじわる心を感じるかもしれませんが、ヴィオリストはそういう扱いに慣れているので全然平気なんです^^;(苦笑))。佐渡裕さんが当てられなかった問題も当てることができてちょっと嬉しかった今日この頃♪♪
 (かろうじて現役の)ヴィオリストとしては、これはいっちょ何か作品を書かないといけないですな!(といいながら昨日はチェロとピアノのための曲を書いてました(笑))

く・み・きょ・く

 合唱の世界では、作品(曲集)の名前を「組曲「○○」」という風に名づけられることが多い。しかし、「組曲」という名前で括るにはそもそも内容の分類的に限界があると思う。僕が大学合唱団の頃は、オーケストラ曲における「交響曲」的な意味合いの作品が多かったように思う(例:『地球へのバラード』『愛のプロローグ』『方舟』『季節へのまなざし』『新しい歌』等々)。
 私の作品もやはりそういった(超)名曲たちに影響を多大に受けているため、いわゆる「交響曲」的な構成を意識した作品が多く、そういう意味で「組曲」と前向きに名づけている(今後の作品は内容によってどう名付けるかは考え所だし、最近は作曲家も色々な曲集の名付け方で工夫されているようだ)。
 ちなみにオーケストラ曲における「組曲」は、「アルルの女」第1組曲・第2組曲ビゼー)、「くるみ割り人形組曲チャイコフスキー)のように、劇音楽を編み直したものやバレエ音楽、またピアノ連弾曲の「ドリー」(フォーレ)、小組曲ドビュッシー)のような曲集など、あるテーマに添っていくつかの曲を一つに纏めたもの、という意味合いがある。

エイリアン

宇宙人から見たら

我々も宇宙人

 

全身を覆う柔らかくて薄い皮膚
色んな色の髪の毛
丸い頭(の中でいろいろ考える)
小さなふたつの目
ふたつの穴を持つ鼻
ひとつ穴の口
の中にはたくさんの白い歯
指はぜんぶで10本
2本足で歩いたり走ったり飛んだり転んだり

 

ときどき目から謎の水を流し
ときどき身体から真っ赤な血を流す

 

皮膚の色が違うとか
自分たちの血の方が優れているとか
見たこともないのに色んな「神様」を作り出して
それぞれ自分たちの神様が一番偉いんだ とか

 

そんなことで殺し合う
「知的」生命体に

 

宇宙人はびっくりするかもしれない

最大公約数

 吹奏楽は好きなので、5年に1回くらい(オリンピックより間隔長いな笑)、課題曲をチェックすることがある(例の昨年の問題作は聴いて&見ていない)。

 でいつも思うことは、「あたりさわりのない曲が多いなぁ」ということである(特にマーチ)。

 「吹奏楽書法に間違いがないこと」「(ある程度)音響としてしっかり鳴ること」が条件として満たされれば、アイデアの新鮮さとかは二の次なのかな、と思ったことがあるが、いや、「アイデアの新鮮さ」とそれらを両立できる曲が応募曲に無かった、ということが真相なんだろうと推測する。

 親しみやすさや難易度や「広く好かれること」を考え、最大公約数に近いところまで行ってしまうと、既存作品に似たものになる可能性が高くなるのは当然のことで、(以下も推測)昨年辞退された方も、書き上げた時点で自分の作品についてそのようなことを無意識に感じていたはず。それで受賞して慌てて見直したら・・ということではないだろうか。

 課題曲って、全国の団体がコンクールのために必死に取り組むわけだから、やっぱり面白いと感じる部分や、「おっ!」と思うフレーズや和声や、興奮するような要素が無いと、練習続けるのは大変だよね~、と思う今日この頃。

不滅

 たまたまNHKラジオで、3大テノールのひとりパヴァロッティが歌う「誰も寝てはならぬ」を聴いた。魂が高揚する、まさに唯一無二、永遠に残る演奏・・
 で、一方で、僕の頭は曲分析をしていまうのであった(笑)。あの曲のサビのメロディ自体はとてもシンプルで「(う)レミファ#ミレミード#|シー」((う)は八分休符(笑))。最初の小節は主調であるDの和音なのであるが、4拍目が肝で、Dの和音に対して「ミ」と「ド#」、いわゆる非和声音が使われている。しかもテンションの音、つまり簡単に言うと基本和音に足すと「色気」が出るような音なのだ。それがさりげなく次の小節へ向かおうとする4拍目に入れているところで、もうこの曲が名曲になることは確定したようなものである(笑)。もちろんそれに至るまでのエキゾチックな和声を使った部分の独特な雰囲気も素晴らしすぎる。その部分があるからこそ、サビで徐々に拓けていくような開放感が生きる。うーむ、超名曲。

 すみません興奮のままに書きました^^;。

けんかは外でしてください

 ある日の23時頃、とあるカフェのカウンター席で作曲の仕上げ作業をしていた。

 すると、席ひとつ空けて左隣りに居たカップルらしき二人が、言い争いを始めたのである。

 どうも彼氏の方が彼女に勉強を教えていて、彼女は彼氏の教え方が気に入らないらしく、最初はぶつぶつと言っていたのだが、だんだんヒートアップして声を荒らげて彼氏への教え方への不満をぶつけ始めた。
 彼氏は声が大きくなりつつも割と冷静に対応していて、「じゃあちょっと説明の仕方を考え直してみるから少し静かにしていて」。しかし彼女はそれに対しても何か文句を言う。彼氏も「それじゃ売り言葉に買い言葉だから終わらないでしょ」といいつつ、決してキレることなく対応していた。

 こういう場合はいつも僕は躊躇することなく、すぐに席を移動する。しかしその時はパソコンの楽譜ソフトで作業をしていたため、電源のあるカウンター席を動くわけにはいかなかったのである。

 そこでいらないA4用紙の裏に「けんかは外でしてください」とメモを走り書きし、そのカップルの席に投げてやった。

 彼氏は、「ああ・・」と言って、彼女にもそれを見せたようで、それでその後はふたりのトーンも普通レベルとなり、作業を継続することができた(彼女がキレてこちらに向かってきたらどうしようとは一瞬思ったが)。

 彼氏が帰り際、その投げた用紙を「これ・・」と言って返してくれたが、「すみませんでした」と一言欲しかったな(まあどう見ても悪いのは彼女の方なんだが)。でもどんな理不尽なことばを浴びせられてもできるだけ理性的に対応する彼は偉いと思った。

 で、お仕事は何とか無事に終えることができたのでした♪

これだけは吐き出しておきたかった

 私は「楽譜ソフト開くの恐怖症」である。

 理由はもちろんある。昔の古いバージョンの楽譜ソフトはそれはそれは頻繁に記譜途中にフリーズした。そこまで打ち込んだ音符データが全て吹っ飛ぶのでそれは頭を抱えたものである。

 そのせいで、むっちゃコマメに「上書き保存」するクセがついてしまった。それこそ、2小節書いたら即「上書き保存」の勢い。

 今の楽譜ソフトは随分フリーズの頻度は減ったものの、油断してると時々発生する。ので「上書き保存」のクセは未だに残っている。

 もっと根底には、「ある日突然パソコンが壊れて修復不可能になったらどうしよう!?」という恐怖感が横たわっている(今のも結構長く使っているので)。

 なので、楽譜ファイルも今はこまめに保存して、復元ポイントを確実に確保している。

 そろそろこの「恐怖症」から抜け出したいわ~!(まあ私の場合この恐怖症は持病から来ている部分もあるんだが・・。それから消えたからといって音楽の内容を忘れることはほとんどないんだけどね・・)

 ああ、ちょっとスッキリした(笑)