とある作曲家の日常

作曲家・ピアニストをしている私の日々の生活を綴ります♪

細かくて伝わらない楽曲分析

<天使のテーマ 悪魔の作曲術>

 

残酷な天使のテーゼ

残酷な天使のテーゼ

 

 本日の楽曲は云わずと知れた「残酷な天使のテーゼ」です。あまりにも有名なサビ、“少年よ神話になれ!”は歌手のシャウトの上手さも手伝ってあまりにもかっこよいですね。すかっとします。ところがよく振り返ると・・大サビ(クライマックス)の直前に、大サビのメロディがまんま出てくるのである。しかもイントネーションが合わない感じで笑。“思い出を裏切るなら”


ええええ????


 さてこれまでの作曲の常識。
サビの前にはサビを想起させる小さな断片とかで少しずつ盛り上げていく。とか、Bメロまではマイナー調、サビで一気にメジャー調に転向する。とか、わざと低い調でサビのメロディを演奏して、いざというときに元の調でサビを持ってきて感動を呼ぶ、とかいろいろ設計するものですが、これは・・


「出し惜しみなし」

なのか

「素材をリサイクルするエコ感覚」

なのか
「偶然の産物」なのか・・


 少し作曲家の気分になってみよう。

 

“思い出を裏切るなら”


 この文章を読んだら、裏切り方にもよるが汗、僕なら少しノスタルジックで決して音域は高くはないところでメロディを作ることを考えると思います。ましてやサビ前ですから。
 あえて狙ったとして、意図の解説を試みてみましょう。題して・・「あれ?」「スカッ!」(前のことを忘れさせる)作戦。


“裏切るな~ら!”


ん?なんでこんなに熱唱するんだろう?と思っている暇もなく、

 

”少年よ神話にな~れ!”

 

 おおお、かっこええ!さっきの些細な違和感なんて忘れてまうわ~、ということなのでしょうか??むしろこの些細な違和感が必要なのかもしれない・・と思い始めてきました。


 Bzの「ウルトラソウル」で考えてみましょうか。大サビのクライマックスはもちろん、稲葉先生の絶唱「ウルトラソウル!」である。さて、この直前に、同じメロディで「あいしてるぅ!」とか、「気分最高!」とか入ったら、あれれれ?ってなりますよねぇ??

 

ultra soul

ultra soul

  • B'z
  • ロック
  • ¥250

 

 ちょっと分析がとっちらかってしまった汗

 

 とにかく常識外れの発想であることは少しは伝わったでしょうか??
まあ僕としては職業柄何とかこれが使えないか、色々試行錯誤してみるのです。しかし今回は玉砕な気がしてなりません・・orz。

そうめんハート

私の心は折れやすい。

 

茹でる前のそうめんくらい、あっけなく。ぽきんと。

 

ほんのささいな出来事で。
ほんの何気ない他人の一言で。
ほんのつまらない自分の考えで。

 

ぽきん。


「あっけない」よりも弱いくらい。

 

でも・・私の心の中には秘密の倉庫がある。
折れたら、その倉庫から在庫を出してくる。
すぐに折れちゃうから、運搬の作業は忙しい。
もし運搬にもつかれちゃったら、
自分商店はしばし閉店・・。


休養して力がだんだん回復してくると、
また心の中にそうめんが充填される。
折れても折れても、
絶対に在庫は尽きないという信念だけが
私を支えている。

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継続は力なり

 自分の優柔不断さに感謝したいことが一つだけあります。それはピアノ教室のレッスン通いに関してです。
 音楽は好きでしたが、ピアノ教室のレッスンに通い続けることに関しては、そこまでこだわりはなく、まあせいぜい高校くらいまでで終わりかな、と漠然と思っていました。恐らくピアノを習った経験のある方は、「受験の時期」という壁を乗り越えられずやめてしまった、という経験も多いかと思う。私の場合は、不思議と「受験」を理由に音楽を中断or中止することは全く念頭にありませんでした。小休止さえせず、毎週何事もないように通い続けていました。
 そうこうしているうちに、逆に「やめます」という時期・機会を失ってしまいました(笑)。というより、優柔不断で「やめます」という勇気がなかった、という方が正確です^^;。ちなみにピアノの恩師は、6歳からずっと同じ先生(今でも頭が上がらない)。
 「大学に合格したのでやめます」??・・あまり理由になってないなぁ。ということで、大学生にもなって下は2歳児から集う音楽教室に個人レッスンに通うのも少し恥ずかしいと思いながらも、ずるずると結局大学院を卒業するまで通い続けたのでした。
 さすがに、就職の時には勤務先が大阪(京都から通い)になったこともあって、自然な流れで「じゃあこの先がんばってね」との先生のお言葉を最後に、十何年のピアノレッスン生活は終了を迎えたのでした。
 いくら練習嫌いでも、毎週というマイルストーンがあることは良いことだと思います(しかも小学生の頃はレッスンの日の30分前から慌てて練習し始める始末・・)。「継続は力なり」というが、スロースタータな僕はこれくらいの年月をかけることで確実な力となりました。初見演奏が得意なことも重なって、かなり自由に色んな曲が弾けるようになりましたし、多少即興めいたこともできるようになりました。
 しかし作曲に関しては、ピアノ教室時代から苦しみばかりで「なぜにこないつらい思いしてまで作らないかんのやろか?」とネガティブなイメージが強かった。しかしこれもピアノと同じような道筋を通ることになるのかもしれない。長い年月をかけて、マイルストーン(=締め切り(汗)。依頼を継続的に頂けるのは本当に感謝)に沿って、苦しいながらも書き続けていると、いつか、今までとは違う地平が見えてくるのではと思っています(創作中の産みの苦しみはあまり変わらないでしょうが・・汗)。
 それを信じて、今日も書きます(^^♪

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意図しない盗作

 他人のメロディをそのまま盗もうなんて考えは、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがありません。バレるのは時間の問題なのに・・。どうせならカバー、として魅力的なアレンジを考える方に費やすほうがよっぽどいいと思います。
 だがしかし。曲の覚え・記憶力、がいい人ほど、思いついたすらすらでてきたメロディが他人曲だと気づかずにオリジナル曲として発表してしまう可能性があるかもしれません。プロの作曲家は、すらすら出てくるのが、「インスピレーション」なのか「記憶」なのかをシビアに見分けなければなりません。
 幸い私は1曲のメロディさえ完璧に覚えるなどできない人なので(ピアノを弾いているうちに、あるいは歌っているうちにどんどん違う曲になっていく・・)、盗作疑惑、にはおそらく無縁と思っています。
 一方で「芸術は模倣から始まる」ということばがあります。これも真実と思います。ただ「模倣」と「まね」は違いますね。「模倣」はその作品の精神性や、エッセンス、どこが魅力的なポイントか、ということを見抜き、それを自分なりに消化して、自分なりに作品に取り込み生かしてみる、ということであり(この時点ではまだ「習作」と呼ぶべきですね)、「まね」は、ただ表面的に技術的に同じように作ってみるということで、志の深さがないただのコピーです。
 と・こ・ろ・が。昔私の娘が小さい頃、彼女が作品制作中に「盗作疑惑」が・・^^;。若干5歳の時だったと記憶しています。ピアノ教室のある発表会で披露するために簡単な曲を作らせ始めていましたが、断片アイデアはいろいろ出てくるようで、ご機嫌にピアノを叩いて「こんな楽しい感じどう?」とか言いながらモチーフを集めていました。
 で、一度娘がすらすらとメロディを弾いて「どう?」と言ったのがなかなかよい感じだったので、「よしこれを基本にして作ろう」ということになり、楽譜も作り始めました。
 ところがそれから間もなく保育園のクリスマスイベントがあり、そこで歌われていた
ある歌に、そのメロディが酷似していた・・。
 まだ5歳なので、メロディの創作・所有・著作権ということにはもちろん理解が及んでいないのはもちろん、すらすら出てきて良さげなので自分が作ったように思ってしまったのでしょう。あるいは、「伴奏をつけること」も作曲の一種で、ネタとなるメロディは聴いたことがあるのと似てていい、と思ったのかもしれません。いずれにせよ本人に罪の意識などは皆目ないだろうし、むしろ5歳が作ったにしてはちょっとできすぎ?というところを見抜けなかった私の親バカも原因だったのです。

 もちろん、1から作り直しました。今度は娘に「これは何かの歌じゃないよね?」と確認しながら(笑)。

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忘れられない一言

 何気なく言われた一言が、一生心に残るって、ありますよね。
 大学で所属していた合唱サークルでは、毎年夏合宿というイベントがあり、当時は山のある県に団体バスで遠征して、5泊か6泊くらいとかしていたと思います。その年私は大学3回生(3年生)で、学生指揮者をしていた時の合宿でした。そもそも私は人前に出ること、人前でしゃべること、人前で腕をぶんぶん振ること(笑)、どれも苦手で恥ずかしく、じゃあなぜ指揮者やったんだっていう話しは置いておいて笑、毎日が自分との戦いという感じでした。
 合わせ練習の時間って、指揮者として前に立っていると、皆が楽しそうに歌っているか、そうでないか、それはもう残酷なほどに明白にわかるものです。もし皆がつまらなさそうにみえると、それを取り戻そうと自分のテンションを上げたり面白いことを言って場を和ませようとしたりしてもそれが逆効果だったり。悪循環のスパイラル・・。それと、合宿ではまず年末に行う演奏会の曲の音を取る(音程を確認していく)作業から始まりますから、そもそも音楽にならないことが多いのです(皆楽譜にかぶりつきで指揮をほとんど見てくれないし・・)。そんなこともあって毎日精神的にも体力的にも疲労困憊の日々でした。
 そんなある日、4日目くらいだったか、その日の練習が終わった夜、ベランダでたばこを吸っていたら、あ、違う、なんかイメージだけで語ってしまった(笑)、ベランダで落ち込み気味に物思いにふけっていたら、普段はほとんどおしゃべりしない、本人も寡黙な同回生の女声の子がふと横に来てくれて、ぽつっと「わたし、○○くんの指揮、好きだよ」と、目を見て言ってくれたのです。そんなこと言われたことなかったし、落ち込んでいたから、意外な一言に動揺すら間に合わなくて、引きつった顔で「ありがとう」というのが精一杯・・。でもその子の一言が、合宿の残りの日や、その後の指揮者生活を支えてくれたのは間違いないです。
 どこかに見ていてくれる人がいる、応援し支えてくれる人がいる。こんな幸せなことはないんだな、って、最近になってやっと冷静に深く(この感覚わかりますか?)感謝できるようになりました。
 あれからもう20年弱。同期たちもお互い住む場所も遠くなったりでなかなか会う機会が少なくなってしまってますが、今度もしその子に会う機会があったら、今度は引きつらないで素直にその時のことを「ありがとう」って伝えたいと思います。

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最強の批評家

 まず、私の母は音楽には全くの素人。とはいえ、父がクラシックをよく家で聴いていたり、子供から通っていたヤマハ音楽教室には付いてきてくれていたし、また最近普段は流行りの曲を聴いたり、韓流アーティストにハマったり、クリス・ハートを愛聴していたりするので耳はそれなりに持っていると思う。

 そして、お世辞は決して言わない人(言えない性格と言うべきか)。
 そういうわけで、私が出演する(あるいは自分の作品が演奏される)コンサートにおいては、母の意見を一番尊重しています。
 母は自分の予定が合えば、必ず私の関連する演奏会・コンサートには来てくれます(ファン第1号ですね)。
 批評の一例。例えば大学時代のサークルの定期演奏会では、終演後母曰く、「全部選曲ミスやね」の一言((((;゚Д゚))))。バッサリ、がーん!!(ここまでバッサリはめったにありませんが・・)。サークルと言えば、大きなコンサートに向けて半年間(場合によっては1年間)日々練習を重ねて、ようやく迎える本番・・。
 でも、これが「一般客」の一意見なのです。この意見が意味するところは、


・演奏者が素人(アマチュア)なのに背伸びして曲を選び演奏している
・素人のお客さんが聴いていてわかりにくい曲を選んでいる(あるいはわかりにくいと思わせる演奏をしている)

 

 聴き手をずっとつらい立場に立たせてしまったということだと思います(もちろんこれは好み等もあるので一意見に過ぎないですが)。
 大学サークルの1コンサート、そんなところまで言う必要もあるまい、というもの1意見でしょう。今まで「大勢の前での演奏会・コンサート」など経験もしたことがない学生が、いきなり1000人の観客の前で歌う場合もあります。そりゃ緊張もするし思うように歌えなくあっという間に終わってしまうこともある。
 ただ、演奏会を開くのは誰のためでしょう?どんな表現をすれば、どんな指揮をすれば、どんなピアノを弾けば、どんな顔をして歌えば、どんな入場の仕方をすれば、どんな礼の仕方をすれば、どんなトークをすれば、「お客さん」が楽しんで満足して帰ってくれるか、を常に考えることは忘れてはならないと改めてそこで思うのです(自戒)。披露をするということは、「自分の持っている何かを勇気を持って人前にさらけ出す」ということ。そういう経験を学生時代にできるのは本当に幸福な経験だったのです、今思えば。
 そして母が終演後にシンプルに「よかったね!」(細かい批評などは素人なので言わない・言えない)と言ってくれた演奏会は、本当の意味の「よかったね!」なのです^^。

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最小限で最大限の効果を

 「良いメロディ」は努力すれば作れるが、「名作メロディ」「永遠のメロディ」と呼ばれる後世にまで残るようなメロディを作るのは、努力だけでなく、インスピレーションと、勢い(笑)と、時代の流れに乗る/あるいは乗らない、ことなど、色んな要素がからまってできる気がする。
 どちらにしても、簡単には作れない(から作曲家は永遠に苦労するのだ)。ここでひとつすごすぎるクラシックの名曲メロディについてご紹介する。


「わたしのお父さん」

(プッチーニ作曲、歌劇「ジャンニ・スキッキ」よりラウレッタ(ソプラノ)のアリア)

 

 題名でもしわからなくても聴いたらわかるのでYouTubeで見てみてください。衝撃なのは何といっても冒頭の4小節の歌メロディだ。
ん?これのどこが凄いの?普通に心に染み入るメロディじゃないの。
 ちがうちがうNonNonNon!!
 最初の4小節のハーモニー(和音)をよく聴いてみる。・・すべてコードネームで言うとA♭。この曲はAs-dur(変イ長調)だ。つまり4小節間、Ⅰ度の和音(トニック)のみで引っ張っているのである!

 これは自信のあるメロディメーカーにしかできないことである。さあ、4小節間、ひとつの和音だけ使ってメロディを作ってみよ。結果は恐らく見るも無惨なメロディができあがるだろう(僕も何度も挫折したorz)。そういえば、マライア・キャリーのデビュー曲(F-dur)も名曲だったが、曲の最初から最後までコードは2つ(!!)しか使っていなかった。あれも衝撃だったなぁ。もちろんそれが名曲になるのは、マライアの歌唱力と、作曲家の腕やアレンジが伴ってこそのことだが。

 話を「わたしのお父さん」に戻すと、ここに名作を創るためのヒントがある。

 

・よく聞くと、メロディラインが結構ダイナミックに動いている(1オクターブ跳躍するなど)。
・よくよく聞くと、メロディが非和声音を使ったりしてコードとからまって色気が出ている一瞬がある
・根音が小節毎に順に動いていくことで同じコードでも飽きさせない。


 さあ、これらをヒントにあとは良いメロディのための忍耐と訓練だ。
 決してⅠ度の和音しか使ってはいけないというルールを作って延々メロディを作ってみよう。そのうち1000個に1つは(笑)名作メロディが生まれるだろう・・!

 (思い出したがかの小室哲哉も若い頃ギターで3コードだけ使って延々曲作りをしていた時期があったという話しを聞いたことがある。コードの種類を絞ることで、メロディが磨かれてシンプルでも印象的な曲が作れるようになったのであろう。)